水戸東照宮 茨城県水戸市宮町2丁目5番13号
御   由   緒 ・ 沿   革
元和7年(1611年)4月21日、水戸徳川家初代藩主頼房公によって社殿をはじめ諸建造物が
完成し、朝廷から勅使として三条大納言藤原公広公が、幕府からは山門探題天海大僧正が参
向して盛大な遷宮の大祭をおこなった元和10年、 徳川第2代将軍秀忠公の霊屋を宮の西方に
建て、のちに第3代将軍家光公の霊屋を建て、以後徳川幕府歴代将軍の霊位を相殿として祀った
  宮の地名は霊松山といわれていたが、元禄12年(1699年)第2代藩主光圀公によって、常
磐山とあらためた。
  御創建当時は「三所権現」と称し、中央に東照大権現の尊像が泰安され、左座に山王権現、右
座に麻多羅神を合祀された。天保14年(1843年)第9代藩主斎昭公は従来の仏祭を廃止、左右
の配神二座を除き、神道による祭事にあらためた。
  明治4年郷社に、同8年県社に列せられた。昭和11年7月29日、当宮を創建された徳川頼房公
が配祀され、宮民合同による盛大な祭典が執りおこなわれた。(由緒書より)



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